床に座り、ぼんやりとテレビを眺める。テレビ画面には、忙しく映像が映し出され、それと同時に、やはり忙しく音声が飛び交ってくる。別段、今日は何をするわけでもないので、テレビを眺めているわけなのだけれど、一昨日から代わり映えのしないニュースは、なんだか、見ていて飽きた。
 最近は恐ろしい事件が起こるわけでもないから、ニュース番組もネタ切れ気味になっているのだろう。それはいいことなのだと思うけれど。

 んー、と小さく間延びした声を出すと、柔らかな笑い声が耳朶を突いた。次いで、右の肩にわずかな体重がかかるのを感じる。見ると、に寄り添うようにして座っている、レンが目に入った。
 視線が合うと、彼は指先を動かし、の手のひらと重ね合わせてくる。指と指の隙間に、自身のすらりとした指先を潜り込ませ、複雑に指先を絡め、強く握ってきた。

 レン、と名前を呼ぶ。すると彼は心地良さそうに瞳を細め、に身体を軽く押し付けてきた。手を絡めている方ではない、自由なもう片方の腕をの腕に絡めてくる。


「レンー、暑いー」
「暑くないよ」


 ……いや、あの、レンの主観じゃなくての主観の言葉だったんですけれど。身体を離そうとすると、強く手のひらを握り締められ、強い感情を込めた声音で名前を呼ばれた。
 視線を合わせると、金色の、美しい星の色で彩られた睫毛が、柔らかい影を彼の頬に落としているのが見える。星色に縁取られた瞳は、夏空のような淡い青とも緑とも取れぬ色合いで濡れていた。

 桜色の唇が、小さな弧を描く。彼の身体が震え、かすかな笑い声を零した。瞳が動き、僅かに熱を伴った視線が、に向かってくる。



「……なに?」


 何処か甘さを持った響きで名前を呼ばれる。首を傾げると、レンの身体が離れた。彼は、の目の前に移動をすると、腕に絡めていた手を解き、そのままの頬をなぞるように動かした。
 何がしたいのだろう。レンー、と間延びした声で彼の名前を呼ぶ。とたん、僅かな笑い声がレンの唇から漏れた。美しい翡翠が細まる。


「オレの名前、いっぱい呼んでよ」


 ……嫌って答えたらどうなるのだろう。ぼんやりとそんなことを考えながら、レンの頭を撫でた。彼がくすぐったそうに笑みを零す。頬を撫でていた手のひらが、彼の頭に乗せたの手のひらに向かった。重なるように置かれ、指先が優しく皮膚を撫でてくる。

 くすぐったい。軽く笑い声を零すと、レンも呼応するように笑ってきた。その笑顔を、記憶に残さんばかりに眺めていると、──ふと、思い出した。


「ねえ、レンきゅん」
「……なに、


 手のひらを離す。レンの視線がの手のひらを追うが、名前を呼ぶと直ぐにそれはの瞳と交わった。怪訝な色で瞳が染まっている。レンはそのまま、軽く首を傾げると、もう一度、の名前を呼んだ。
 心地いい声だ。スピーカー越しに聞いていたものとは、違う。はっきりとしていて、どこか、透き通った声。レンの声は本当に綺麗だと思う。さすが、ボーカロイドなだけあるなあ、と僅かに感心しながら、は立ち上がった。

 レンが小さく声を出したのを背中に受けつつ、は自室へと歩を進める。少しして、を追うように小走りに床を踏む音が聞こえてきた。

 たしか、そう、買ったはず。このまえ。通販で。
 ごそごそと、棚を漁っているに何かを思ったのだろうか。レンが、なんともいえない感情を込めての名前を呼ぶのが聞こえた。


、何してるんだよっ」
「んー、ちょっと待って、うん、ちょっとだけだから……あ」


 ──見つけた。通販で入ってた袋に入れたままだったから、案外に見つけやすかった。袋をそのまま取り出し、リビングへと歩を進めていく。レンもついてきた。
 先ほど座っていた場所に座り込み、袋の中から衣服を出す。の横に腰を下ろしかけたレンが、変な声を出して、から盛大に遠ざかった。

 視線を向けると、レンが泣きそうな表情を浮かべているのが見えた。から遠く離れた場所で、けれどしっかりとと視線を合わせ、唇を震わせる。


「な、ななな、なにそ、れぇっ」
「……メイド服にスク水セーラー猫耳ですけど」


 床に散りばめた服に視線を向け、しっかりとした言葉を紡ぐ。レンが小さな声で、やっぱり、と言うのが聞こえた。なにがやっぱりですか。やっぱりって。
 視線を再度合わせる。手招きすると、レンは一瞬だけ逡巡するように視線をめぐらせた後、顔を盛大に振った。なんですか。マスターの言うことが聞けないと。


「おいで、レン」


 手招きをしながら言葉を紡ぐ。レンの肩が震えるのが、遠目でもわかった。彼はとどこか──たぶん、衣服だろう──へと、交互に視線を送り、首を傾げた。泣きそうな表情は変わらずに、けれど口元に引きつった笑みを乗せている。


「そ、それ、何──」


 そう言って、レンは顔を振った。彼は、かすかな呼吸を繰り返し、俯く。そのまま、へと恐る恐る近づいてきた。と視線を合わせ、距離を測り、から、少し離れた場所へと彼は腰を下ろす。
 ……なんか警戒されているような気がする。衣服を置いたまま、レンへと近づく。彼はが近づくと、見てわかるほどに身体を強張らせる。力を込め、目蓋を閉じているのが、見えた。


「そこまで怖がることないと思うなー」
「ひっ」


 女の子のような悲鳴を上げ、レンは目蓋を開いた。から逃げようとするけれど、もちろん、そんなことはさせない。手を伸ばし、彼の腕を掴んだ。レンの身体が震え、小さな声を紡ぎだす。


「……あれ……」


 レンの視線が下がる。彼は言いにくそうに唇をもごもごと動かすと、大きく息を吐いた。と視線を合わせ、射抜くように見つめてくる。


「──ど、どっちが、着るの?」
が望むんだったら、何でも着てあげる、って言ったよね、レン」


 レンの瞳が、水の膜を張ったように潤んだ。悲愴な色が表情に浮かぶ。……なんか、酷いことをしているみたいだ。いや、実際しているのかもしれないけれど。いやいや、でも、レンから言って来てくれたことなんだし──。
 視線を合わせる。レンの視線は直ぐに外れた。彼はいつもより頬を赤くさせて、俯きがちに目蓋を軽く伏せる。


「そうは、言ったけれど……、でも……あんな……」


 不服そうに紡がれる言葉だった。掴んでいた腕から手を離す。そこまで嫌がるようだったら、しょうがない。そこまでして見たいってわけでもないし……。小さく吐息を落とす。それを敏感に感じ取ったレンが、伏せていた目蓋を上げ、を見てきた。彼の唇が軽く震えているのが、わかる。

 ……何か変なことでも言ったかな。心の中で思い返すものの、別段、変なことは言っていないように感じる。首を傾げて、レンの頭を撫でた。


「レン──」
「お、オレ、着るっ」


 ごめん、冗談だよ。そう言おうとした瞬間、遮るようにレンの言葉が響いた。へ、と唖然としたような声が出てしまう。彼の頭に乗せた手のひらに、優しく彼のそれが乗る。皮膚を引っ張るように抓られた。力を加減しているのだろう、痛くはなかった。
 手のひらを下ろすと、レンの濡れた瞳が真直ぐにに向かってきた。彼の指先が緩慢な動きでの服を掴んだ。唇が、しっかりとした動きを持って言葉を紡ぎだす。


「着る、から……」


 そう言うと、レンは立ち上がり、床の上に散りばめられるように置かれた衣服へと手を伸ばした。メイド服を手に取り、僅かに頬を赤くさせる。唇が動き、小さな声で言葉が紡がれた。


「でも、こういうのって、普通はミクとかリンとかが着るものだろぉ……」
「うん、ミクとリンを買ったら着せるつもりですけれど」


 メイド服を指先で抓むように持つレンを見ながら、思ったことを口にする。今は経済的に買うことは出来ないけれど、余裕が出てきたらリンを買おうと思っている。──レンには言ったことがなかったけれど、鏡の向こうに居たリンが、はずっと気になっていたのだ。

 彼女は今、どうしているのだろう。考えると、そればかりが気になってしまう。調べたところ、レンとリン、二人を買って一緒に暮らしている人は、少数ながらも居るようだし、正直、はリンと面と向かって話してみたい。

 レンが、恨みがましい視線で睨みつけるようにを見つめてきた。


「なにそれ」
「……何それって、何が?」
「ひどいよ……そ、そんなの、おどしじゃん! オレのこと困らせてそんなに楽しいのかよ!」


 ……意味がわからないです。本気で。え? と、唖然としたような声音を出すと、レンの瞳が逸らされた。彼は拗ねたように唇を尖らせ、頬を膨らませる。
 どうやら、怒っているみたいだ。どうしてなのだろう。考えてもわからない。訊いてみようとは思うものの、きっと、今訊いたら確実に彼の機嫌を更に損ねてしまうだろう。

 レン、と語尾を上げ調子に彼の名前を呼ぶ。レンはの声に過敏に反応を示し、唇から息を吐くと、ねめつけるような視線をに送ってきた。それから、音を立ててに近づいてきて、メイド服を押し付けてきた。


「お、オレ、着方よくわかんないし、着せてよっ」
「……へ」


 そう言うなり、レンは上着を脱いでしまった。ちょ、ちょちょちょ、何。何なの。驚く思考とは裏腹に、視線が彼の上半身へと動いてしまう。
 健康的な色合いをした、皮膚だった。鎖骨の窪みに影が落とされており、僅かにろっ骨が浮き出ているのが見える。わずかに丸い腹部まで視線を向けて、彼の瞳へと視線を戻した。
 レンは軽く頬を染めて、胸を反らすような体制を取った。腰に手を当て、不遜そうな表情を浮かべている。


「ほ、ほら、これで良いんだろっ」
「え? あ、え、うん」


 レンが近寄ってきた。の手を取ると、早く、と言葉を紡ぐ。
 ……なんとなく、苦笑を浮かべてしまう。着方わかんない、かあ。押し付けられたメイド服へと視線を向け、軽く笑い声を零してしまう。


「ねえ、レン、これさあ」


 後ろの部分がマジックテープで止められているだけの、安物なのだけれど。べりべりと音を鳴らして、張り付いたマジックテープを外す。レンが驚いたような表情を浮かべるのが見えた。
 なんとなく、その表情を見ていると、ますます笑みを深くしてしまう。軽く笑い声を零して、レン、と名前を呼んだ。レンは恥ずかしげに身体をよじると、に向かって手を差し出してくる。


「……やっぱ、一人で着る……」
「駄目だよー。レンが手伝って、って言ったんだから。おいでー」


 多分、の顔には意地の悪い笑みが浮かんでいるのだろうと思う。まあ、それもしょうがないと思う。レンがのお願いを聞いてくれる、といったこととかに対するどうしようもない嬉しさを隠すため、と言ったら良いのかもしれない。
 レンは僅かに怯んだ様子を見せたが、少しして、しぶしぶに近づいてきた。目の前に、背中を向けて座らせる。

 背中には肩甲骨と背骨がはっきりと浮き出ていた。さすが、素体が高いだけある。指先を、肩甲骨をなぞるように走らせる。震えたような吐息がレンの唇から漏れ、次いで、険のこもった声音で名前を呼ばれた。


「……何してるわけ」
「や、本当にすごいなあ、って」


 肩甲骨は押すと固かった。なぞるように動かすと、指の腹に吸い付いてくるような皮膚が当たる。……なんだか羨ましい。瑞々しい肌って言えば良いのだろうか。んー、と小さく唸るような声音を発しながら、肩甲骨から背骨へと指先を動かした。背骨を辿るように、縦にすっと動かすと、僅かな寒気がしたのだろうか、レンが驚いたような声音を出すのが聞こえた。

 凄い。これは凄い。まじまじと素体なんて見たことなかったから気づかなかったけれど、流石にこれは本当に高いだけある。
 ちょっとごめんね、とレンの胸当たりへ指先を伸ばす。ここまで凝っているのだから、ろっ骨の数もきっちりとあるのだろう。後ろから抱きすくめるようにレンの身体を持ちながら、骨を辿るように指先を動かす。


「ちょ、何やって──、っ」
「ろっ骨の数を数えているんです」


 訳わかんない──、泣き言を呟くようにレンが引きつった声音を出すのを聞きながら、指先で皮膚をなぞる。首元に顎を乗せるようにして顔を置きながら、数を数えていく。
 これ、一個め、かな。二個目、三個目──途中までは見つかったものの、終盤になると訳がわからなくなってくる。頭の中で数がごっちゃになってしまったりして、先ほどまで数えていたものを忘れてしまう。

 ……なんだか悔しい。やり直すことに決めた。もう一度、一個目のろっ骨を探り当てる。あった。なぞると、レンが泣きそうな声を出した。


「なんで、また、最初から……っ」
「訳わかんなくなっちゃったからさー。なんか今やめると負けた気がするんで」


 なぞる。レンが時折、上擦ったような声音での名前を呼んだ。恥ずかしいのだろうと思う。申し訳ないながらも、なんとなく気になったので、そのまま骨を辿るのを続けた。くすぐったいのもあるのだろうか、彼は身を硬くしていた。少しでも気を抜いたら、何かしら声が漏れてしまう、と思っているのかもしれない。レン、と名前を呼ぶ。

 呼ばれたら、呼び返さなければならない、そう思っているのだろう。レンは恥ずかしそうに吐息を零し、の名前を、どこか熱情を込めた声音で呼んだ。


……っ」
「なに、なに、なにー」


 名前を呼ばれたのと同じ回数だけ言葉を返す。あー、どうしよう、返事をしたせいで又訳がわからなくなった。小さく吐息を零すと、それが彼の肌を掠めたのだろうか。レンは過敏に身体を震わせた。
 もう一度、一個目……。指先を動かし、撫でる。レンの皮膚は本当に人間の皮膚そのものの触り心地がした。滑らかで、どこか潤いを感じさせるしなやかさを兼ね備えている。

 あれか、水をかけたらきっと弾くだろうな、と考えたところで、そういえば風呂に入れていないことに気付いた。彼は外に出ない上、どうしてか汗も余りかかないようだったので、入れてなかったけれど。なぜか、今、指先にじんわりとした湿り気を感じる。汗をかいているのだろう。今日にでも入れるべきかな。

 そんなことを考えながら、ろっ骨を撫でるように指先を動かす。レンが一瞬だけ肩を強張らせた。


「は、恥ずかしいし……っくすぐったい、んだけど……っ」
「ごめん、もう少しだからさ」
「もう少しって、い、つ……っ」


 具体的な時間を答えろというのか。うーん、と小さく唸るような声を出す。……また忘れてしまった。なんかもう、別にどうでも良くなってきた。胸板に触れるのは流石に避けつつ、脇を撫でるように指先を動かすと、骨の出っ張りが良くわかる。一、ニ、三──。
 正直、頑張ってみたけれど、正確な数は良くわからなかった。

 しょうがなく、鎖骨に指先を移動させる。押すと、皮膚と骨の感触が皮膚を伝わってくる。鎖骨のくぼみをなぞると、やわらかい皮膚の弾力を感じた。ここに水を入れてみたいなあ、なんて馬鹿なことを考えつつ、首元に指先を這わせた。レンが驚いたように首を伸ばし、の名前を呼ぶ。指先を、首になぞらせて動かすと、わずかな凹凸につま先があたった。
 喉仏、なのだろう。本当にすごい。撫でるように触ると、苦しそうにの名前を呼ぶレンの声が耳朶をついた。


「そ、そこは大事なとこだから、あんまり触ったら駄目だって、ば……」
「そうなんだ?」


 指先を離す。んー、と唸りながらもう一度指先を背骨へと這わせた。ごつごつとした、けれどどこか柔らかさを感じさせる感触が、指を通して伝わってくる。


、あの、ほんと、本当に、恥ずかしいんだけど……」
「良いではないか良いではないか」
「──そ、それに、暑い。すごくすごく、暑いんだけど」


 は暑くないから、と軽く節回しをつけて言葉にする。レンが居心地悪そうに身を軽くよじった。話すこともないので、無言で居ると、彼の呼吸がわずかに荒くなっているのが良くわかる。胸板が呼吸にそって柔らかく上下する。
 ……そこまで暑いのだろうか。そんなことを考えながら、やっぱり離れたほうが、と身体を軽く離そうとした、とたん、鎖骨を撫でる手のひらが捕まれた。

 へ、と変な声が出る。手のひらを掴んだレンは、の名前を小さく呼ぶと、そのまま手のひらを移動させる。手のひらが、彼の左の胸にそっとつけられた。
 ……何をしているのだろう。レン、と名前を呼ぶ。レンはそっと息を吐くと、の手のひらを、力を込めて胸に押し付けてきた。

 無言があたりを包む。どうしようもないので口を閉ざした。少しして、手のひらに僅かな振動が伝わってくるのを感じた。身体に直接響いてくるような音は、丁度、心臓が律動的に動くときに発する、響きに似ていた。


「……鼓動?」


 素体には、鼓動する機体、もしくはコアが入っているのだろうか。だとしたら、本当に凄い。
 レンがの名前を呼ぶ。鼓動は、普通よりも速い。リズムを刻むように響くそれは、どこか心地が良かった。


「オレ、すごく、なんかおかしい……」
「そう? それにしても凄いねー」


 感嘆するような言葉を漏らし、軽く笑う。レンが小さく頷いた。
 素体、凄いなあ。一体何で出来ているのだろう、バイオ素材だっけか。科学って本当に、信じられないところまで着ているんだなあ……。どことなく感心して吐息を零す。レンの身体が震えた。それを僅かながらも疑問に思いながら、密着していた身体を離し、それからメイド服を取り出す。それをレンに渡すと、彼は何も言わずにもぞもぞと身体を動かして着始めた。うでを通すだけで済むので、簡単なものだったけれど。ただ、やっぱり着にくいのだろう。悪戦苦闘していたので、後ろから服を引っ張ってみた。

 服とレンの皮膚に隙間があまり無いかを確認してから、後ろのマジックテープをつける。出来たよ、と軽く笑って肩を叩いた。とたん、レンの身体がにもたれかかってくる。
 おう。何事ですか。レン、と問い掛けるように名前を呼ぶと、同様に名前を呼び返された。


「……あのさ、オレ、一杯着るよ」
「何を?」
「メイド服とか、その、セーラーとか、……スクール水着とか。、すごくすごく、どうしようもないくらいに変態なチョイスばっかしてくるけれど、ちゃんと不満漏らさずに着るから……」


 レンの肩が、僅かに縮こまる。かすかに上擦った声で、彼は続けた。


「……だから、まだ、のボーカロイドはオレだけで居てよ」


 唖然とした声が出そうになって、寸でのところで押しとどめた。小さく息を吐き、どうして、と問い掛ける。レンが身体をよじり、と視線を合わせてきた。頬に指先が伸び、優しくなぞるように動かされる。


「だって、他のボーカロイドが居たら、と一緒に居る時間、格段に減っちゃうじゃん」
「あー……」


 リンも、ミクも、カイトだって、メイコだって──、小さく言葉を続け、レンは指先を首元へと下ろした。皮膚を押すように僅かに出っ張る鎖骨を、がやったように優しく撫でると、吐息を零した。暑い吐息が、の首元に当たる。なんとなく、くすぐったい。


「それに──」


 鎖骨を擦るように動いていた指先が、頬へと戻る。彼の手のひらが、の頬を包むように持った。顔が近づき、柔らかい感触が唇に触れる。わずかに甘い優しさを持ったそれは、直ぐにから離れた。
 レンの吐息が、唇を掠める。彼の唇が開き、の名前を呼んだ。どことなく、親密な気持ちが込められたそれに、ほんの少しだけ頬が赤くなる。


「こういうことだって、あんまり出来なくなる」
「……まあ、恥ずかしいですもんね」


 軽く苦笑を零すと、レンのしなやかな腕が、首に回された。力を込めて、抱きしめられる。耳元近くに彼の顔があるからか、彼が吐息を零すたび、耳朶を温かな、僅かに湿気を伴った空気が打つ。


「……ねえ、オレ、ずっとを見ていたんだよ」


 だからさ、とレンは早口に言葉を紡ぎ、僅かに甘さを伴った声音を紡いだ。


「オレがもう少しくらい、のことを独占したって、良いだろ?」


 きっと、赤面するくらいに恥ずかしいセリフをレンは言ったのだろうと思う。もきっと、僅かながらも頬を赤くしてしまったとおもう。けれど、うん、そういうセリフはさ。


「メイド服着てないときに言えば良いのに」
「……が着ろって言ったんじゃん。馬鹿。変態」


 ごもっともですけれどね。苦笑を零して、彼の背中に手のひらを回す。マジックテープの、どこかざらざらとした感触が、指先に伝わった。


(終わり)


エロく無いですよ!これやましくないですよ!

2008/8/21
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