05



 一人にしては大きすぎる部屋の中、少年はごろごろとベッドの上で転がっていた。時刻は深夜を回っており、わずかながらも窓から刺す弱弱しい光が、人間とバイオロイドは寝る時間、ということを告げている。
 少年は、目蓋を閉じ、それから幾ばくか経った頃、再度開いた。彼の瞳の碧が、膜を張ったかのようにぼんやりと暗さを宿す部屋で、弱弱しく光る。

 彼の瞳に映る色は、やはりぼんやりとした黒。物と物との境界が曖昧で、どうしてか彼は身を竦ませてしまった。
 少年は得たいの知れない恐怖を振り払うかのように、頭を何度か振る。それから、うつ伏せになった。身体を沈めると、干したばかりの布団が柔らかく彼を受け止める。

 彼の脳裏に思い浮かぶのは、少し前の出来事だった。

(オレだって)

 愚痴を零すかのように、頭の中にじんわりと言葉が浮かんでくる。ゆるやかに身体を蝕むような居心地の悪さに、少年、レンは眉をひそめた。

 今日は、マスターが早くに帰って来た。それはレンにとっても、他のボーカロイドにとっても、とてつもなく喜ばしいことで、リンなんかはマスターが家の扉を開けた瞬間、ソファーに寝転んでいた身体を猛然と翻し、マスターの元へとタックルをかますかのように飛びつきにいった。
 マスター、お帰りなさい! その声が響くのと、自身の曲を聞いていたレンが、マスターが帰って来たことを理解するのは同時だった。

 彼は、ずるずるとリンを引きずりながらボーカロイドが待つ、リビングへとやってくるマスターを見て、小さな溜息を零しそうになった。

(出遅れた……)

 曲など、聞いておくべきではなかったのだと、レンは思った。リンは小さな身体を一心にマスターへと、べったりとくっつけ、嬉しそうに何度も何度も、弾んだ声で、お帰りなさい、という言葉を繰り返す。
 レンにとって、その姿は、とてつもなく羨ましく、そしてとてつもなく、悔しいものだった。

(オレだって言いたい)

 お帰りなさい。その言葉を口にしようと、レンはスピーカーの電源を切り、それからパソコンの電源をオフにして、マスターへと近寄った。──正しくは、近寄ろうとした。
 が、マスターの元には、リンのみならず、いつのまにかミク、メイコ、カイトも寄ってきており、彼の行動を躊躇させた。

 自分以外の四人のボーカロイド、そして、その四人に囲まれてうれしそうに笑っている、マスター。レンは、自分一人だけが取り残されたような気分に陥った。ただ、そう思うのは一瞬のことで、彼は次の瞬間には、マスターへと近寄り、いつものように、どことなくぶっきらぼうに言葉を紡いだ。


「おかえ──」
「あ、さん! これって何ですか!」


 レンの声に被さるように発せられた声。マスターは、ミクの方を見ると、軽く笑みを浮かべた。ミクの手には、何かが入っているらしい、紙袋が握られている。
 マスターがそれをミクに説明をする。ミクも、そしてリンも嬉しそうに、その説明に聞き入っていた。メイコも、そんな二人を見て、嬉しそうに笑みを浮かべている。レンは、自分の言葉を遮られたことによってか、言いようの無い不安と、どうしようもない怒りを胸のうちに募らせていた。

 それに気付いたのか、はたまた、一人だけ蚊帳の外に居るようにぽつりと立ちすくむレンが気になったのか、カイトが話の輪から抜け出し、レンへと近づいていく。


「レン、額に皺が寄っているよ」
「……うるさい、関係無いだろ、兄貴には」


 棘棘しい言い方をしてしまった。言ってから気付いたレンは、居心地悪げに視線を動かし、それからぽつり、ごめん、とだけ言葉を零した。カイトは笑う。それから、大人のどこか筋肉質な手のひらをレンの肩に乗せ、安心させるように何度か叩くと、手を離す。


「なんだか、マスターは映画を借りてきたみたいだよ。見るらしいから、レン、ほら、マスターの横、頑張って取っちゃったらどうかな」
「よ、横に座るなんて、そんな──っ」


 一瞬にして頬を火照らせたレンに、カイトは柔らかい笑みを浮かべると、その手を取った。レンの体が驚きのせいか、びくりと震える。カイトはそれに、僅かに苦いものを笑みに滲ませながら、マスターの元へと近づいた。


「マスター、俺たち、マスターの傍に座って一緒に見ても良いですか。できれば、両隣に座るような感じで」


 リンとミク、それにマスターとメイコの談笑を打ち切るように、はっきりとつむがれた言葉に、わずかながらも沈黙が舞い降り、直ぐに、それはリンとミク、二人の声に切り裂かれた。


「駄目だよ! マスターはわたしの隣で見るのっ」
「そうですそうです、さんはワタシの隣で見るんだよっ」
「二人はいつもマスターの隣じゃないか。今日くらいは俺たちを横に座らせてくれよ。俺たちだってマスターの隣で見たい」


 二人がマスターの腕を取り、ぎゅっと抱きしめるのを見ながら、カイトは苦笑を零す。紡がれた言葉に、リンとミクは表情を歪め、でも……、や、やだもん……、などと口々に言葉を口走り、それから俯いた。


「ほら、二人はこの前、マスターのベッドの上で寝ていたし。俺たちもマスターのベッドで眠りたいんだけれどなー。もちろん、マスターも一緒に」
「うう……」
「……で、でもお、あれはっ──、ち、ちがうもん!」


 ミクが肩を落とし、マスターから手を離す。それから、マスターに向かってミクは二言三言話し掛け、困ったような笑みを浮かべていた。
 リンは支離滅裂な言葉を発し、それから、やはりマスターから手を離して大げさに腕を回す。メイコが、四人の様子を見て、軽く苦笑を零し、それからマスターを引っ張った。マスターは簡単にメイコによって──メイコは力が強い──、引っ張られ、それからテレビの前に連れていかれ、座らされた。その横に、ちゃっかりとメイコが腰を下ろす。

 リンとミクが驚いたような声をあげ、直ぐにメイコとマスターの元へと向かう。


「メイコお姉ちゃん、何してるのー! ひどいー!」
「メイコ姉、酷いよおお! マスターの右となりは、わたしが、って言ってたのに」
「うるさいわね。こういうのは先手必勝、ぼんやりしていた方が悪いのよ。ねえ、マスター」


 メイコに同意を求められ、マスターは軽く笑みを零した。リンとミクが怒ったように声を出し、それから二人でマスターのもう片方──空いている隣を奪い合うべく、じゃんけんを始めた。

 カイトが、苦笑を浮かべ、その様子を見ている。


「やられちゃったなあ……」


 小さく、彼が呟くと同時に、彼の手のひらからするりと手のひらが抜け落ちていった。レンのものだ。カイトが視線を向けると、レンはじっと、メイコとマスターを睨みつけるかのように見つめていた。
 カイトは小さく嘆息を漏らしかけ、すぐにそれを押し込むと、変わりに彼の頭を撫でてあげた。

 映画は、いつものようにカイトとレンが二人でマスターの後ろに座り、メイコとミクがマスターの隣を占拠、リンはマスターの膝の上に座るような形で見た。


(──酷いよ、リンも、ミク姉も、メイコ姉も)

 オレだって、隣に座りたかったのに。そこまで考え、レンはどうしてか胸の痛みを感じた。壊れた、という恐怖を思い浮かべ、彼は直ぐにチェックプログラムを立ち上げる。が、異常は無い。
 彼の胸の内には、最近、ちくちくとした痛みが巣食っている。原因は不明で、レンは誰にもそのことを言っていない。言ってしまったら廃棄されるかもしれない、という思いがあるのだ。

 僅かに乱れた息を吐き出し、レンはもう一度、目蓋を開いた。視線を彷徨わせる。彼の部屋の家具たちが、おぼろげにその姿を暗闇に浮かび上がらせている。

 メイコとリン、ミクがマスターのベッドの上で眠っていたことは記憶に新しい。レンは、それを考えると、胸の痛みと共に、どうしようもない程のいらつきが内に巣食うのを感じた。
 オレだって、オレだって──。頭の中に何度もその言葉が浮かび、レンは頭を振る。


「……一緒に、眠りたいなあ……」


 呟くように、もしくは囁くように紡ぎだした言葉に、レンは柳眉を垂れさせた。マスターと共に眠られるなんて、どれほどに幸せなことなのだろう。考えるだけで、彼は、胸の内にじんわりとした幸せが溢れてくるのを感じた。


「……寝ても良いかな……」


 忍び込んだら、マスターは怒るだろうか。笑うだろうか。どちらなのだろう。マスターのことだから、困ったように笑うに違いない、とレンは確信した。マスターは優しい、きっと、オレが夜にこそこそ忍び込んだって、大して怒らないだろう。
 眠りたい。寝たい。きっと怒らない。レンはむくりと身体を起き上がらせると、自身の枕を胸に抱き、音を立てずに自室の扉を開いた。

 彼の部屋の前に、マスターの部屋はある。廊下を挟むようにして、並ぶ扉に、レンはどうしようもなく胸を高鳴らせた。それから、息を潜めて、マスターの部屋の扉の前へと足を運び、ノブに手をかけたところで、彼の行動は止まった。

 マスターの部屋から、マスター以外の誰かの声が聞こえた。


 それだけで、レンの行動は止まってしまう。ノブにかけた手のひらが、じんわりと冷たい温度に侵食されていくのを感じながら、彼は扉を凝視した。
 耳を澄ます。リンと、ミクの声が聞こえた。マスターの声も、微かながらも聞こえる。笑い声、それに喜色が混じっていることから、きっと談笑しているのであろうことが予想された。

(なんで)

 レンの頭の中に、呆然とした言葉が浮かぶ。

(どうしてだよ)

 ノブにかけた手のひらをそっと離す。レンは、何故か胸の奥に積もっていく、得たいの知れない感情を感じた。

(なんで、居るんだよ)

 こんな深夜に、マスターの部屋に訪れるなんて、非常識にも程があるだろう。自身の行動を棚上げした言葉を心の中で吐きながら、レンは唇を噛み締めた。

(一緒に、寝れないじゃん……)

 入っていったら、どうなるか。そんなこと、考えなくてもわかる。リンとミクとマスターが楽しそうに話している姿が目に入って、それから、オレの姿を目に留めて、レンちゃんどうしたの、なんてミクが問い掛けてきて。
 そこまで考え、レンは一歩後ずさりをした。
 答えられるはずがない。マスターと一緒に寝たいから、ここにやってきた、なんて、誰が言えるというのだろう。言ったら、確実に二人に笑われるだろう。しかも、今日見た映画は、都合の悪いことにホラー映画だった為、茶化されるかもしれない。怖くて眠れないの、なんて。

 そんなことを、二人が言うわけがないと、レンはわかっていた。けれど、彼の想像は留まることを知らず、どんどんと嫌な方向へと突き進んでいく。
 もう一歩、レンは後退をする。直後、彼の肩に誰かの手が乗った。


「ひ、──っ!」
「レン、どうかしたのかい」


 悲鳴を上げそうになり、直ぐにレンは押さえ込む。次いで、大人の男の、柔らかく低い声が響いた。瞬時にして、レンの肩から力が抜け、彼はその場にずるずると座り込んだ。男、カイトは驚いたような表情を浮かべ、それからレンの肩を掴んだ。


「レン?」
「兄貴……」


 碧が、暗闇の中、蒼を探し出し、向かう。レンは小さく息を吐くと、肩を掴んだ手のひらを、やんわりと払いのけた。カイトの手のひらが、緩慢にレンの肩からどいた。


「で、何をしているのかな、レン。マスターの部屋の前で。マスターに何か用があるのかな」
「……あるっていうか、別に、もう良い。兄貴こそ、何してるわけ」
「俺?」


 カイトが首を傾げる。レンはこっくりと頭を頷かせると、カイトの居る筈の方向をじっと見つめた。アンドロイドはともかく、バイオロイドは暗闇の中でも物陰をはっきりと見ることが出来ない。
 カイトは困ったように笑うと、


「眠れなくてね。耳を澄ましてみたら、マスターまだ起きているみたいだったから、話に混ぜてもらおうかな、って思って」
「……ふうん……」


 じゃあね、レン。そう続け、カイトはレンの横をすり抜け、マスターの扉の前に立った。手のひらがノックをするべく、拳を象った。
 瞬間、レンはカイトのマフラーを引っ張った。カイトがくぐもった声を上げ、それからレンを涙目になりながら見つめる。


「レン、何をするのかな。これは就寝用に、って、マスターが編んでくれたマフラーなんだよ」


 ぷりぷりと怒りながら、けれど小さく言葉を紡ぐカイトを見ながら、レンは必死に言葉を紡ごうとする。が、何を言えばいいのかわからず、彼は口の開閉を繰り返した後、閉じてしまった。引き結んだ唇が、僅かに震える。
 オレも。レンはそう言おうとした。オレも、一緒に行っても良いかな──。言おうとして、けれど彼の喉が不自然に引きつり、言葉を口にすることが出来なかった。

 カイトは、何の言葉も発しなくなったレンを見ながら、軽く首を傾げた。何か言いたいことがあるのであろうことはわかる、けれどカイトにはそれを感じ取ることが出来ない。
 しょうがないので、彼はレンが喋り出すのを待つことにした。

 レンは、充分な間を取ってから、カイトのマフラーから手を離した。


「……ごめん」
「別にいいよ。それよりもレン、言いたいことがあるんじゃないかな」


 カイトの、やんわりと言葉を促すような響きをもった声に、レンは逡巡するように視線を巡らせ、それから頭を振った。
 一緒に行っても、良いかな──。レンの頭には依然としてその言葉が回っていたが、それを口に出すことは、彼は出来なかった。

 カイトは小さく息を吐くと、レンの肩を軽く叩いた。それから、軽く笑う。


「レン、今日の映画、怖かったよなあ」
「……へ」


 カイトの唐突な話題転換に、レンは唖然とした声音を零す。カイトはにんまりと、何かを含んだ笑みを浮かべると、もう一度、笑みを零した。


「怖かったよなー。マスター、まさかあんなホラー映画借りてくるなんて、俺、思ってなかったよ。レンは怖くなかったか?」
「……別に」
「またまた、別に良いんだぞ。ここには俺、お兄ちゃんしか聞いてないんだからな、本当のことを言えば良い」


 まるで、怖かった、という言葉を引き出そうとするかのように言葉を紡ぐカイトに、レンは首を傾げた。
 今日の映画は、本当にレンにとって、全く怖くなかった。ホラー映画のくせして、画面がほとんど真っ暗で、聞こえるのは人の叫び声、それと良くわからない声、不安を誘う不協和音。リンとミクは怖がっていたが、レンには怖がるべきところが全くわからなかった。

 カイトだって、とレンは瞳を伏せる。確か、自分の横に座っていたカイトも、全く怖がらず、映画を見ていたはずだ。なのに、怖い? 発言の意図がわからず、レンは混乱してしまう。彼が、発言意図をしろうと、疑問を口にしようとした瞬間、斜め向こうから扉の開く音がした。レンが驚きで身を竦ませるのと同時に、カイトの唇から「めーちゃん……」という囁きに似た声が漏れた。

 扉から出てきたメイコは、音を立てずに二人に近づくと、じろりとカイトを睨みつけた。刃の切っ先かのように鋭い視線がカイトを突き刺し、彼は頬を引きつらせてしまう。
 メイコは、次いでレンへと視線を向けると、不機嫌そうに口を開いた。


「あんた達、今何時だと思っ──」
「めーちゃん、今日の映画怖かったよね」


 メイコの言葉を遮るかのように、カイトの声が響き渡る。メイコは声を遮られたことにたいしてか、苛立ちを隠さずにカイトを睨みつけた。カイトはそれに苦笑を浮かべながら、視線だけでメイコに訴える。
 カイトはもう一度、言葉を呟いた。


「とても、怖かったよね。──一人じゃ、眠れないくらいには」
「……カイ──」
「怖かった、よね」


 念を押すかのように紡がれる言葉に、メイコはその真意を測りかね、レンへと視線を逸らした。レンは、カイトの傍で、メイコに視線を向けず、一心にマスターの部屋を見つめていた。メイコの耳にも届く、ささやかな笑い声。リンと、ミク、それにマスターの声が混じった、弾んだ雰囲気が伝わってくるかのようなそれに、メイコは一瞬にして状況を理解した。

 彼女は、起きたばかりのせいか、零れ落ちそうになる欠伸を胸の奥に押し込みながら、小さく呟くような声で、笑った。


「そうね、怖かったわ」
「だろう。俺、実は一人で眠れなくてさあ、マスターと一緒に寝ようと思って」
「──え? な、何言って、兄貴」


 先ほどと言っていたことが違うじゃないか。レンはそんな言葉を胸の奥に押し込み、それから訝しげにカイトへと視線を向けた。次いで、明瞭な、はきはきとした声音がカイトとは違う方向から響いてくる。


「……そうね、実はあたしも一人で眠れなくて」


 嘘だ。レンは即座に思った。先ほど、欠伸をかみ殺していただろ。それに、おきぬけのせいか、さっきまで声も、僅かながらだけれど不明瞭だったのに。
 呆然と、意味がわからないと二人の顔を見比べるレンの肩に、カイトの手が乗った。


「なあ、レン。俺やメイコでも怖かったんだ、レンはもっと怖かっただろう」
「そんなことは、──」
「いいのよ、最後まで言わなくて。十四歳だし、恥ずかしいわよね。怖かった、なんて正直に言うの」


 レンの頭を撫でる、なめらかな手のひら。メイコはレンから手を離すと、彼の背中を軽く叩いた。レンが、それに過敏に反応を示し、体をびくりと震わせる。それから、レンはメイコをおそるおそる、うかがうように見た。
 視線が合うと、メイコの表情が柔らかくなる。彼女は、柔らかな表情に見合った、柔らかな声で、言葉を紡いだ。


「あんな映画を、レンに見せたマスターが悪いのよ。レン、文句を言ってあげなさい。あわよくば、一緒に寝てもらいなさい」
「そうだよ、レン。いっぱい、マスターに文句を言おう」


 二人の、どこか気遣わしげな色が滲んだ声音に、レンは気付いた。瞬間、頬が赤くなる。
 二人は、レンがマスターの部屋に入る、という行為を迷っているということに気付いたのだ。入りたい。けれど、素直になれず入る事が出来ないレンの背中を、二人はどうにかして押してやろうとしている。

 レンは、自分の気持ちを二人に気付かれたということに対して、どうしようもない羞恥を覚えた。視線を巡らせ、え、え、え、という言葉を手持ち無沙汰に繰り返す。

 カイトは、そんなレンを見て、軽く笑みを零すと、もう一度、レンの肩を叩いた。


「レン、マスターと一緒に眠ろうか。怖いもんなあ、あの映画。きっと、リンもミクも怖がっていたし、レンの言い分もちゃんとわかってくれるさ」
「そうね。……そうそう、あたしもすごくすごく怖かったから、マスターと一緒に眠ってもらおうかしら。マスターだし、断らないわよね、きっと」


 レン。二人が異口同音に彼の名前を呼ぶ。レンは火照った頬の熱を逃すかのように、頬に手を当てると、こくりと頷いた。二人の、満足げな笑い声がかすかに彼の鼓膜を揺らす。
 レンは、手を伸ばすと、ノブを触った。ひんやりとした感触が、彼の手の皮膚を通して、体全体に伝わってくる。

(一緒に、寝ても良いかな)

 小さく、確認するかのように呟いて、レンはノブを押した。

(終わり)

2008/10/05
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