知っている、最近軍備に対アンドロイド用のアンドロイドが導入されたんだって。

 誰かからそう聞いた時、迷わず浮かんだ言葉は訳がわからない、だった。
 たち──人間は今、自律思考型アンドロイドと戦っている。なにやらしらないけれど、ジガを持ったアンドロイド達がたち人間に立ち向かおうと思って始めた戦争らしい。戦況は人間が不利。アンドロイドは流石、得意な分野があるだけして科学の発展が早かった。今やたちには作ることの出来ないレーザー銃なるものを使ってたちを侵略しにくる。

 逃げる術はない。戦っても、アンドロイドを構築して居る金属が邪魔をする。なにやら人間で言う脳の部分にあるICチップなるものを破壊したら壊れるらしいのだけれど、それを破壊するのが難しいのだ。

 包丁でも、銃でも──彼らには傷はつかない。傷はついても、彼らは痛みが無いのだから襲ってくる。正直、たち人間はもう降伏状態だ。ただこう書くと、アンドロイドは無敵だと思われそうだけれど、実は違う。最近分かった彼らの苦手、というか致命的欠陥。彼らは超振動──特別な歌声による音波でICチップの配線をショートさせるらしい。

 何故、そんなことが分かったのかは定かではないけれど、地球に残っている科学者達は一斉に総力をあげて作り出した。──ボーカロイドを。
 アンドロイドの配線をショートさせるためだけに生みだされた戦闘兵器。なにやら作るのには盛大にお金がかかったらしく、まだ三体しか居ないらしい。名前は確か、KAITO、MEIKO。三体目の名前は知らない。

 正直、その精神がわからない。アンドロイドに勝つためにアンドロイドを又生産するなんて。そのアンドロイドが裏切ったらどうするんだ、と思う。どうやら彼らもジガを持っているらしい。あほじゃん、と溜息をつきたくなる。ジガなんて持たせてどーする。又、人間に逆らうアンドロイドを増やしてどうするのだろうか。
 ……馬鹿みたいだ。

 ふう、と息をつく。よどみなく進ませていた足を止め、は汗をぬぐった。進んでいる先にあるのは小高い丘だ。そこに行くためには、アンドロイドによって破壊されつくした町を横切らなければならない。
 ──アンドロイドは、一度破壊尽くした街には戻ってこない。文字通り、廃墟となっていて人の住めるところなんて無いからだ。建物の崩壊、劣化も激しい。いつ崩れるのかわからない家などもある。だから、人々は大体地下の奥深くのシェルターに住んでいる。昔の人は考えもしなかっただろう。地上に住んでいる人は少ないのではないだろうか。ちなみには地下に住んでいる。

 だけれど、時折──、七日に一度くらい、外に出て丘の上に行く。廃墟を越えた、丘の上、だ。どうとした理由は無い。ただ、なんとなく──と言えばいいのだろうか。
 外へ出るなんて、ほとんど死にに行くのと同意義のことなのに、我ながら馬鹿みたいだと思う。

 疲れを取る為には二度、三度ほどふくらはぎを叩き、再度歩き出した。
 丘の上につくことが出来たのはそれから数分してから、だろうか。ちなみに丘の上は平たくなっていて、中々の面積がある。は到着と同時に座り込み、荒れた息を整える。そうして、視線をある場所にやる。──すると、どうだろう。人が居た。長いおさげの青色の髪を揺らして、丘の真ん中に立っている。からだと背中しか見えないが、きっと女の子だろうとその華奢な肩を見て思った。

 こんな所に来るなんて。以外にも物好きが居たものだと思う。声を出そうとして、しかし何といえばいいのだろうかと迷う。此処は無難に「おーい」で良いのかな。
 声をあげる。女の子がの存在に気付いたのか長いツインテールを揺らしてこちらに振り向いた。そうして、じっとを見つめる。は立ち上がり、その子の近くまで歩いた。女の子が怪訝そうな瞳でを見る。ああ、そうか、急に近づいてこられたら驚くよね。苦笑を浮かべつつ、は手を差し出した。


「はじめまして、
「……」


 女の子は何も言わずにと差し出した手を交互に見る。そうして、幾らか後、恐る恐る自身の手をそっとの手と絡ませた。ひんやりと冷たい。爪に青色のマニキュアが塗られていることをその時、気付いた。
 女の子は少しだけほっとしたような表情を浮かべ、に笑みをくれた。可愛い。


「なんだか、以外にもこの丘に来る人が居るなんて思わなかったよ」
「……?」


 女の子が首をかしげる。それにふと笑みを浮かべつつ、は言葉を続けた。


「ほら、地上は危ないじゃんか。ここらへんに居るのって、ボーカロイドでしょ、後は陸海空軍、それぐらいじゃん」
「……」


 女の子がそうなの? とでも言いたげに瞳を揺らす。がん? と語尾を上げて優しく問うように声を出すと、女の子は両手を胸の前でぐっと握り、何かを言いたげに、もどかしそうに振る。この子は喋られないのだろうか。疑問に思うものの、それを訊くのははばかられたので、「どうしたの」と問う。

 女の子は、何かジェスチャーをしていたが、どうにも良くわからない。伝わらない。もどかしい。必死に解読しようとするものの、わからない。
 ごめん、わからないや。そう告げると彼女は意気消沈したかのように肩を下げた。肩にかかった淡い青の髪の毛がするりと落ちる。日の光を反射して、とても綺麗だと思った。


「──、ああ、それより、どうして此処に居るのか訊いてもいい?」


 女の子が美しい空の色の瞳をに向け、もちろん、とでも言う様に笑ってみせた。そうして、人差し指ですっと空を指差し、嬉しそうに又、笑う。


「空? がどうかしたの?」


 言葉が伝わったのが嬉しいのか、女の子は何度も頷いて見せ、その後鳥が羽ばたくような動作をした。手を横に広げ、何度も何度も羽ばたかせる。


「飛ぶの?」


 女の子がまたもや嬉しそうに笑う。空を、飛ぶ。どういう意味なのだろう。一抹の疑問を抱えつつ、彼女に確認するように言葉を発した。


「空を飛ぶために、此処に来ているの?」


 女の子が盛大に顔を頷かせた。ツインテールが女の子の頷きに比例して跳ねるように動く。それが何だかおかしくて、声には出さず少しだけ笑ってしまった。彼女は敏感にそれを感じ取り、わたし、何かした? とでも言う風に首を傾げた。


「ううん。良いなあ……空を飛ぶのかー。羨ましい」


 普通だったらハイハイ不思議ちゃん不思議ちゃん、となるところだろうが──彼女の瞳は嘘を言っているようなものではなかった。この女の子は飛ぶのだろう、きっと、空を。
 どうやって、とは訊かない方が良いだろうか。微妙に好奇心で訊きたいところもあるけれど、我慢することにする。

 女の子はすっとを指差し、首をかしげる。貴方は? と訊いているのだろうか。
 かあ……。特にこれといった理由は無い。ただ、どうだろう、は好きなのだ。この丘で迎える朝のしじまが。

 そっと空を覆う黒。これから迎えるであろう光が、遠くの方の地平線から漏れ出してくる光が、とても好きなのだ。太陽の輝きはとても綺麗で──何故か、泣きたくなるような美しさを兼ね備えている。
 風はあまり吹かず、物音、人の囁き、そんなものが全く無い朝のしじま。それが好きで、はいつも朝明け頃から早朝にかけて一人で丘に行く。登る。寝転がる。

 ただ、なんだろう。そんなことを言っても大抵の人は理解できない、というような表情を浮かべるだろう。この女の子も、そう言った人の一人なのかもしれない。本当のことを言うのははばかられたが、彼女はきっと真実をに伝えてくれた。だとしたら、も真実を伝え返すのが礼儀というものだろう。
 小さく息を吐くと、は言葉を発した。


「朝明けのしじまが好きなんだ。特に、この丘で向かえる朝のしじまが」


 女の子はきょとんとした表情でを見る。やっぱり、変なのかもしれない。ふっと視線を逸らす。すると頬に何かが触れた。女の子の手だと、瞬時にして悟る。彼女はの頬を両の手ではさむように掴むと、顔を近づけてきた。そのまま、おでこをこつんとぶつける。そうして直ぐにぱっと離れ、はにかんだ笑みを見せた。
 これは、同意してもらえているのだろうか。唖然として彼女を見つめていたが──直ぐに、それは破顔してしまった。

 何故か急に笑いがこみ上げてきたのだ。耐え切れなくなって小さく声を漏らすと、恥ずかしさのせいかに背中を向けていた彼女は此方を向き、端正な顔をとても嬉しそうに崩した──。


 それから、丘に訪れると彼女に出会うことが重なった。
 彼女はとても可愛かった。しかもチャーミングでもあった。性格も良い。声は聞いたことが無いけれど、きっと美しいのだろう、と安易に想像できた。
 そのことを伝えると、彼女は頬を赤らめての肩をばしばしと叩いた。きっと照れ隠しだろう。彼女に殴られた個所は、正直次の日、痣が出来ていたけれど。彼女は力加減というものをしない。


「もう、痣になってるよー、今度はもっと弱く叩いてね」


 あおじを見せながらお茶らけたようにそう言うと、彼女は笑みを浮かべた。頬を柔らかく緩め、紅潮させた笑みを。その笑みが、は大好きだった。彼女の優しさがあふれ出ているようで、とても美しいものだったからだ。

 そんな日が続いたある時、は彼女の歌声を聞いた。とても美しい旋律を歌い上げていた。左手をそっと斜め前に伸ばしている。髪の毛が、風が吹くたびにさらさらと綺麗な色を反射させて動くのが、とても素敵だった。それに、とても美しい声だった。想像していたよりも、もっと。

 その時、彼女との距離は離れていた。もっと近くで聞きたい。もっと、もっと、近くで。そう思って近くによろうとしたせいか、足元に石があるのに気付かなかったせいか、足を踏み出した際、かなり大きな音がなった。石と石がこすれる、じゃり、という音が。

 途端に彼女はこちらを振り向いた。そうして、走るように近づいてきての肩を掴む。いつもの白磁色の皮膚が、病気かと思うほどに青くなっている。彼女は何かを言おうと口を開く。けれど、唇を何かの形に象ると、眉を八の字にし、俯いた。様子がおかしい。そうは分かっていたものの、はそれを感じ取られなかった。
 それよりも、とは肩に置かれた彼女の手に自身の手を重ねる。彼女が俯かせていた顔を上げた。


「綺麗な声だね! 想像していたよりも、ずっと綺麗。凄く、好きだよ。貴方の声、凄く好き。ねえ、歌の続きを歌ってくれない」


 彼女の瞳が一瞬にして潤んだ。大きな瞳から一粒、又一粒と大きな涙が落ちる。どうしたのだろう、と思って慌てて「え、な、なに?」と問うけれど、彼女は顔を俯かせ首を横に振るだけで何も言わない。肩に乗せられていた彼女の手が離れ、腰に回される。彼女の顔が肩辺りにうずまった。服を通してじんわりとした暖かさが広がる。抱きしめられている、そう実感したのは数分後だった。

 恐る恐る彼女の腰に自分からも手を回し、ぎゅっと抱きしめる。彼女が腕に力を込めたのを感じた。
 そうして又もや数分経った後、だろうか。耳元から、美しい旋律が聞こえてきた。小さな、小さな声で、彼女は先ほど歌っていた旋律を同様に紡いでいた。

 とても美しい旋律だった。歌い終わったのだろうか、声が無くなる。すると同時に又もや彼女はの首元に顔を埋めた。体は震えていて、何故、震えているのかはわからないものの、は回した腕に力をこめ、小さくありがとう、と呟いた。

 それから数日後のことだ。いつものように丘へ行くと彼女は空を見上げてぼけーっと突っ立っていた。どうしたのだろう、と思って近寄る。彼女はに気付くとうっすらと笑みを浮かべ、その細い体を弾ませるようにして近づいてきた。そうして、にっこりと笑うと最初に出会ったときのように空を指差す。その後、羽ばたくような動作をした。
 空に行くのか、と呆然と受け止める。確かめるように言葉を紡ぐと、彼女は頬を紅潮させ、笑った。


「そっか、じゃあ、此処から居なくなっちゃうのかな」


 無意識的に出た言葉を、彼女は聞き取ったのだろう。笑みを一転、悲しみに表情を染める。その後、でも、と言いたげににちらちらと視線をやり、前に聞いた歌の一フレーズを呟くように歌った。何事かと思い視線を向けると、彼女はどんと胸を叩き嬉しそうに笑う。まるで、大丈夫だよと言いたいかのようだ。いや、言いたいかではなく、彼女は実際に言っている。行動で、仕草で、表情で。を安心させるように、大丈夫だよ、大丈夫だよ、と。

 そうして、彼女はふっと笑みを浮かべに顔を近づけた。おでこにかかった髪をそうっと自身の手でかきあげ、何かを押し付ける。それが彼女の唇だと気付くのには時間を要した。
 彼女は笑った。はにかむように。はというと、その事実に気付いてから頬が赤くなるのを抑えきれず、顔を俯かせた。まさか、同性からキスをされるとは思っても居なかった。

 このとき、何故かやられたらやりかえさなければ、という思いがよぎった。彼女の手を引っ張り、頬に自分の唇を押し当てる。彼女は驚いたような表情を浮かべたが、直ぐに嬉しそうな、はにかむような笑みを浮かべた。
 そうして、の手をそっと取り、自身の胸に宛がう。彼女の鼓動は何故か聞こえなかった。けれど、さしてそれに気にすることもなく、は笑った。


「大丈夫、だよ。大丈夫。だって、と貴方は」


 友達だから、ね。そう言うと、彼女は今までのどれよりも大きく、顔を頷かせた。





 そうして、あの子に会わなくなってから、もう何日も経っている。世界は、平和になりつつあった。アンドロイドの侵攻が食い止まっているのだ。聞くところによると、一体のボーカロイドが空に上がり歌を歌っているらしい。超振動を持つ歌声は、人間には美しい旋律に聞こえるが、アンドロイドには致命的な攻撃となる。大気を揺るがし響く歌声は、アンドロイドが次々にショートさせているという。もう人間の勝ちは決まったものだと言われている。

 誰もが、三体目のボーカロイドを称えている。ただ、誰もがその姿を知らない──以外は。
 彼女は空に行くと言っていた。彼女は無事に空へと飛ぶことが出来たのだ。

 今でも彼女は歌っているのだろう。空で。その美しい声を絶やすことなく。きっと、これからも、歌い続ける。

 丘の上で寝転がっていると、時折朝のしじまに乗って聴こえてくるものがある。
 其れは正にボーカロイドの三体目──の友達の歌声だった。


(終わり)

【ニコニコ動画】【初音ミク オリジナル】 ストラトスフィア (Long ver.) 【初音Mig】に感化されて一番最初に書いたボカロのGF夢小説でした。
ストラトスフィアさん素晴らしいです。是非動画を見に行ってください。鳥肌立ちます、本当に。曲もさることながらコメントも素晴らしいです。
2008/8/31 inserted by FC2 system 9/1 あおじって方言なんですか…。