うちのレンがかっこよすぎて困る。……いや、あの、親ばかって言われたらそこまでなのかもしれないけれど、でも、正直本当にかっこよくて困る。髪の色は星屑を散りばめたような、生えるような金色だし、瞳の色は吸い込まれそうなほどに深い碧だ。唇は絶えず端が上がっていて、微笑んでいるし、目蓋を縁取る睫毛も長い。切れ長の瞳は理知的な印象だし、ぶっちゃけ、このレンは本当に14歳なのかと思う。本気で。

<かっこよすぎて困る>


「マスター、おはよう」
「……おはよう、レン」


 強い光と、耳に心地良い声が聞こえ、は瞼をゆるゆると開いた。視界に入ってくるのは、白い天井、それと電灯──そして、目に生えるような金色だった。
 髪を手櫛で梳きながら、は上半身を持ち上げる。体を守るようにしてかかっていた蒲団が、の上半身から離れ、力なく折れる。

 今、何時なのだろう。考えて、時計へと視線を向かわせようとした、瞬間、の考えを見透かしたかのような、怜とした声が部屋に響いた。


「八時。八時ちょっとだよ、今。マスター」
「……ん、そうなんだ」


 ありがとう、と金色の居る方向へと視線を向けようとして、あくびが喉元までせりあがってきたので、はそのまま逆の方向へ顔を向けると、口を手で覆った。気の抜けた声が口から漏れる。レンが、かすかに笑う気配がした。
 起きたばかりでしばしばする瞳を指でこする。直後、手首に暖かなものが触れた。優しく、けれどそれ以上の行動を許さないように握られる。考えるまでもない、レンの手のひらだろう。

 瞳を指でこすったせいか、視界が滲んでいた。レンと視線を合わせると、柔らかに微笑む彼の表情が目に入ってくる。意思を秘めたかのように、いつも強い色をたたえている瞳が、どこか和やかな感情を浮かべていた。レンは喉を鳴らして軽く笑うと、の手首に力を込めて、瞳から離させた。


「駄目だよ、瞳が傷つく」


 そうは言われても今までやってきたことだし、今更……。そのようなことを言おうとして口を開く。直後、人差し指が伸びてきて、の唇に触れた。レンが目を細くして、笑う。


「俺、マスターの瞳好きだから、傷ついちゃうの、やだし。顔を洗ってきなよ、さっぱりするからさ」


 ……変なことを言うなあ、と思った。いつものことだけれど、レンはに対してこのような言葉ばかりを口にする気がする。それこそ、購入した当初から、彼はに甘い言葉ばかりを囁いてくる。マスターが好きだから、マスターのことが大切だから。そう言って、彼はのする行動を止めさせようとする。好きだから、大切だから、なんて言われて、断れるはずもない。
 は今日も、何を返すこともできず、ただ頭を頷かせた。レンがくすりと笑い、の手首から手を離す。唇にあてられた人差し指はそのままだ。

 人差し指を当てられたままだと、なんとなく居心地が悪い。むしろ、顔を洗って来いと言ってきたのはそっちなのに、なんでこの人差し指を離さないのだろうか、なんて思う。怪訝な色を浮かべ、そのままレンを見ると、彼は口の端を持ち上げて、あでやかに笑った。人差し指を、の口唇をなぞるように動かす。何事、と思って視線をさまよわせると、指先が離れた。彼はの唇をなぞった指で、自身の唇を辿るようになぞると、微かに笑みを浮かべる。かすかな笑い声が、彼の少し開いた口からこぼれた。


「レン?」
「ごめん。なんか、マスター呆然としてて可愛かったから」
「……、顔を洗ってくるよ」


 憮然とした声を出してしまったのかもしれない。布団から立ち上がると、困ったようなレンの声が、を引き止めるように響く。


「ごめん、怒った? でも、本当のことだから」
「怒って無いよ」


 寝まきの裾を、つまむように持たれる。振り払えば簡単に取りはらえそうなそれを見つめ、は小さく吐息をもらした。が拒否したらすぐに離すであろう指先。そう考えると、むげにすることもできない。は裾をつかんだ手のひらを掴み、やんわりと離させると、レンに向かって笑みを浮かべた。


「本当に。もう、レンってば本当に14歳なの? 時折もっと上くらいの年齢じゃないのって思うよ」


 手のひらを離す。レンの表情には、困ったような──けれど、どこか誇らしげな色が浮かんでいた。当然、そう言っているように思える。は手のひらをひらひらと振ると、そのまま洗面所へと向かった。背中に、レンが「ありがとう」と言うのが聞こえた。


 ──洗面所で顔を洗いながら、先ほどの言葉の意味を考えてしまった。ありがとう、って、何がありがとうだというのだろう。にはよくわからない。取り合えず、真意はレンにしかわからないだろうから、は何を言うこともせずに小さく息を吐いた。
 そのまま洗面所で朝の準備を済ませる。扉を開けてその場から出たとたん、レンとぶつかりそうになった。彼は扉のすぐ前に立っていたのだろう、が扉を開けるとすぐに嬉しそうな笑みを浮かべて、手を掴んできた。

 驚いたのは言うまでもない。まさか出た瞬間にレンと出会うなんて思ってもみなかったので、きっと変な表情を浮かべたのだろうと思う。というか、絶対に浮かべただろう。レンはの手を取り、と視線を合わせるとすぐに、困ったように視線を外した。彼の肩が微動し、唇から押し殺したような笑い声が漏れる。

 彼はすぐにその笑いを消し去ると、へと視線を再度向けてきた。深い、緑の湖面のような色合いの瞳が輝く。まなじりが軽く垂れ、頬が緩んでいた。優しい、けれど一分の隙のない笑みを浮かべ、彼は唇を開く。


「驚いた? ごめんね。マスターに早く会いたかったんだけど、まさか洗面所に乗り込むのはダメだよな、って思って」


 ずっと扉の前で待ってたんだ。囁くようにそうつづけて、レンは繋がった手のひらに力を込めた。彼はの手のひらを確かめるように力を入れ、力を抜き、を繰り返し、不意に手を離した。指の隙間にそっと彼の指が潜り込む。指先が絡められ、強く握りしめられた。

 ……なんというか、慣れない。こういう、いわゆる恋人的な行動をされると、は困ってしまう。何をすれば良いのかわからないし、どう反応すれば良いのかもわからない。とりあえず、は笑みを浮かべた。たぶん、変な笑みだったと思う。けれど、レンもそれに呼応するように顔一杯に喜色を広げた。

 レンの笑顔は好きなので、見るのは楽しいし、嬉しい。は変に持ち上げていた頬を緩ませ、彼の手のひらへと力を込めた。瞬間、レンの頬が微かに赤くなる。彼は気恥かしそうな笑みを浮かべると、甘く囁くような声で、マスター、とだけ言葉を口にした。

 レンの体が近付いてくる。彼は開いた方の手のひらをへと伸ばしてきた。腰に回され、彼の体が緩慢にくっついてきた。
 レンは、こういう、抱きついたり、手を握ったりすることが好きなようだ。これまでの生活で、そのことは熟知している。正直、こういう行動は本当に気恥かしいので止めてほしい。けれど、止めて、と言っても彼は止めようとはしないので、もうどうしようもないのだ。
視線をさまよわせ、それからは開いた方の手のひらでレンの肩を押した。瞬間、傷ついたような色がレンの顔に浮かぶ。その色は一瞬にして消えたけれど、次に彼の表情はいぶかしげな色で彩られた。どうかしたの、とでも言いたげに小首を傾げる。その時、繋がった手のひらに力が込められるのを感じた。


、寝巻きなんですよ。着替えたいです」
「……良いよ、俺。逆に寝巻きってソソるし」


 よし、レン、そこに座ってもらおうか。今さっき言ったことをもう一度頭の中でよく吟味してから言葉にしてもらいたい。ソソるって。レン何言っているんですか。頬をひくつかせ、はレンの頭を軽く叩いた。痛、と言う声が彼の口から漏れる。レンはしぶしぶといった様子でから離れると、眉を軽くひそめた。


「怒らないでよ。本当のことを言ったんだから」
「レンは本当になんかもう、本当に……」


 あんまりな言葉に、言おうとしていた言葉が口から出ない。は不明瞭に言葉を続け、それから肩を落とした。
 ──正直、レンの性格は変だと思う。いや、変って言ったらあれだし、世間的にはかっこいいと評される部類に入るんだろうけれど、変だと思う。致命的な欠陥があるように思えてならない。……こんなこと、言ったことはないけれど、いや、言ったらどんな反応するかなんて目に見えてわかるけれど!

 溜息を落としかけ、すんでのところでそれを胃の腑へと押し込んだ。意識して困惑を顔に乗せて笑う。


「じゃあ、着替えてくるから」
「……手伝おうか」
「怒るよ」


 手伝おうか、って、何を手伝おうというのだろう。浮かんだ苦笑をそのままに、そっけなく言葉を返すと、レンの表情が歪んだ。拗ねたような色が顔に浮かぶ。なんとなく、子どもっぽいな、と思いながら、は自室へと歩を進めた。子供っぽいな、って言うのはおかしいのかもしれない。レンは紛れもなく、子どもなのだから。


 服を適当に見繕い、すぐに着替える。まあ、外に出ても恥ずかしくはない服装だろう。視線を下ろして自身の服装をしっかりと確認して、それからは部屋の外に出た。リビングへ向かうと、拗ねたように体を丸まらせているレンが目に入る。彼はソファーに沈んでいたけれど、がやってきたことに気づいたのだろう、やはり思った通り、拗ねた色を表情に浮かべてを見た。視線が合う。少しだけ笑ってレンに近づき、彼の横に腰を下ろした。
 背中を撫でるように手を動かすと、レンは困ったように笑い、態勢を整え、としっかり視線を合わせた。彼は笑う。


「もう、マスターはさ……、俺の機嫌を一発でなおすよね」
「そう? 良くわかんないけれど、それなら、なんとなく嬉しいなあ」


 軽く笑うと、レンが寄り添ってきた。彼はの肩口に頭を乗せてくる。これ、されると正直重いし痛いのだけれど、そんなことは口には出さない。後ろに手をまわして、彼の頭をなでるように動かすと、抑えきれないような笑い声が、レンの唇からもれた。彼の笑い声は春の暖かい陽射しを連想させる。柔らかく、優しい。


「マスター、ねえ、知っている」


 かすかに語尾を持ち上げた言葉に、何を、と返す。レンの声には、隠しきれない喜びがあったので、何かしら嬉しいことがあったのだろう、と推測して言ったのだけれど、帰ってきた言葉には、わずかなそっけなさが含まれていた。


「今日、俺の発売日なんだよ」
「へえ」


 へえ、って。困ったような声がレンから零れた。朝だからか静かな室内で響く声はゆっくりと床へと落ちて行く。肩口によりかかるようにしてあった頭が離れ、次いで彼はのふとももあたりに手をついて、と真正面から向き合った。近い場所に翡翠の瞳がある。宝石のように、光によって色を変えるように見えるそれに挑むような色が浮かんでいる。


「ねえ、俺にさ、プレゼントをちょうだい」
「どうして?」
「今日は俺の発売日だから。つまり、俺の誕生日だろ。だったら、プレゼントをせがむのも別に許されるはずだし」


 そういうこと、か。それなら別に良い気がする。それにしても、発売日が誕生日、ね。その理論で行くとするなら、


「レンは今日で15歳なわけかー」


 いや、むしろ1歳なのかもしれないけれど。間延びした言葉を紡ぐと、瞬間、目の前のレンが悲痛な表情を浮かべた。……何か、変なことを言ったかな。よくわからない。
 それにしても15歳だったら、人間なら受験生となるのだろうか。受験、と考えると苦いものが表情に浮かびそうになる。どうにかしてそれを抑え、はそのまま、表情を変えないレンと視線を合わせつつ、笑みを浮かべた。

 不意に、レンの手のひらがの肩に伸びてくる。彼はそのまま、の肩をなぞるように動かすと、軽く笑う。


「……そうだね、成長しないけどさ」


 吐き捨てるようにして紡がれた言葉に、一瞬にして、彼が寂しそうな表情を浮かべた理由を理解した。焦った。どうしようもないくらいに。頭の中でなぐさめるような言葉が回る。まさか、そんな切り返しをされるだなんて思ってもいなかったのだ。

 成長しないけどさ、という言葉に、彼はどれほどの感情を込めたのだろうか。よくわからないけれど、きっと、どうしようもないまでの感情を込めたのに違いないだろう。レンは瞳を伏せると、唇だけに笑みを乗せた。わずかに掠れた声が、彼の口から漏れる。


「なんて。ちょっとした冗談のつもりだったんだけど」


 冗談じゃないなんて、わかりきっていた。けれど、それに対して何といえば良いのか、はわからずに居た。無言になってしまう。が返答に困っているのに気付いたのだろう、レンは軽く笑い、の頬へ手を伸ばしてきた。柔らかい手のひらが頬を包んでくる。彼の親指がの頬を撫でるように動き、次いで、ぐ、と皮膚を持ち上げるように動いた。唇の端が微かに開く。


「笑ってよ。マスター、でもさ、俺、体では成長しないけれど、精神的には成長しているつもりなんだ」


 レンの手のひらが離れ、無理やり持ち上げられていた頬が弛緩する。は頬に指先を軽く押し当て、それから視線を伏せた。精神的に成長、している。例えば、どういうところが、なのだろうか。視線を上げて、彼のそれとあわせる。深い海の底のような碧に、の瞳がうつった。


「前は、わからなかったことがあるよ。それこそ、マスターの嗜好とか。そういうの、今は全部わかるし。そういうの、成長って言うだろ。どう?」
「……そうだね、そう思うよ」


 小首を傾げて問い掛けてきたレンに言葉を返す。彼はの返答に気をよくしたのか、嬉しそうに頬をゆるませ、だよね、と何度も頷いた。それから、ほんの少しの間、思案するように視線を動かし、次いでの手のひらに自身のそれを重ねあわせてきた。


「だから、マスター。プレゼントをちょうだい。俺だけに、マスターだけの、プレゼント」
「……だけの?」
「そう。マスターだけにしかないプレゼント、欲しい」


 レンの言葉に首を捻ってしまう。だけにしかないプレゼント、なんて言われても、正直、何をあげれば良いのかわからない。だけ……だけ? んー、と間延びした声が口から漏れる。あれか、もしかして、


「オリジナル曲?」
「まあ、それも欲しいけどさ。俺が一番欲しい、マスターだけしか持ってないもの……、ちょうだい」


 意味がわからない。首を傾げると、レンが含んだような笑みを浮かべてきた。彼の手のひらがゆっくりと這うように動いて、の腕を登り、首元に到達する。指先が鎖骨をなぞるように動いて、一瞬だけ体が跳ねた。驚いてしまった。何をやっているのだろう、レンは。レン、と語尾を上げ調子に彼の名前を呼ぶ。彼は、魅惑的な笑みをうかべると、マスター、と、どこか掠れた──けれど、強い意志を秘めた声を出して、を呼んだ。
 指先が動き、頬の輪郭をなぞられる。一体なんだというのだろう。正直、なんともいえない感情が胸の内に積もっていく。なんとなく、駄目な気がする。というより、なんとなく、ではなく、かなりの勢いで駄目なことをしそうな気がする。
 手を伸ばし、レンの手のひらを掴む。いさめるように彼の名前を呼ぶと、拗ねたような色が目の前の碧に広がった。


「マスター、良いだろ?」
「良くない。かなり良くない気がする。止めて、レン」
「……俺にプレゼントくれるんだろ。だったら、止めなくたって良いじゃん」


 いや、プレゼントってさ、オリジナル曲のことでしょ。そうでしょ? そう言葉を口にしかけて、自分でもなんとなくわざとらしいな、と思った。なんとなくレンの欲しいものの予想はつく。つきたくないけれど、つく。もしかしたら違うかもしれないけれど。は小さく息を吐き、出来る限りにこやかな笑みを浮かべて、言葉を続ける。


「あげるよ、オリジナル曲を」
「あのさあ、わかってるくせにそういう白々しいことするなんて、マスターらしくないよ」


 らしくないって、いや、かなりらしいと思うんだけれど。人間は嫌なことから逃避しようとすると思うんですけれど。いや、は逃避しようとするんですけれど。
 ひきつった笑みが顔に浮かぶのがわかる。それに対して、嫌な思いを抱いたのだろう、レンが軽く表情を歪めた。彼は視線を落とし、──次いで、を上目遣いで見つめるようにして、唇を開いた。吐息をもらすかのような、囁く声が鼓膜に響く。


「いや?」
「いや、では、無いけどっ、いや!」


 矛盾した言葉を口にしてしまったと思う。頭が混乱していて、正直自分でも何を言っているのか良くわからない。レンが微かに笑う。余裕を持った笑みだった。彼の指先が動いて、じゃあ、と何処か含んだような言葉が次いで耳朶を打つ。

 レンの手のひらが、再度、の手のひらへと重ねられた。彼はそのまま、手首を軽く握るように持ちあげ、自身の顔の前で手のひらを静止させる。何をする気なのだろう。少しだけ冷静になってきた頭を必死で動かして、レンの次の行動を予測しようとするけれど、出来るわけがなかった。彼は笑い、次いで、手のひらに顔を近づけて甲に唇をつけてきた。

 瞬間、変な声が出そうになった。な、何して、この人は何をしているのだろう。頬が赤くなるのが自分でもよくわかった。不明瞭な言葉が口をついて何度も漏れる。


「れ、れっ、レンっ」
「今日だけは、マスターの手のひらは俺のものだから」
「は、はあ?」


 存外、変な声が出た。レンは笑い、言葉を続ける。


「それで良いよ、今年のプレゼントは」
「あ、え、……そう、ですか……」


 全くもって意味がわからないけれど、どうやらプレゼントについて彼は諦めてくれたようなので、本当に良かったと思う。此処まで焦ったのは久しぶりだ。火照った頬が、とてつもなく恥ずかしい。レンに見られないようにしたいと思うものの、彼がの手のひらを握っているので、どこかへ行くこともできず、はただそっぽを向いた。開いている手のひらを自身の頬にあて、なんとか熱が出て行くように尽力していると、笑い声が聞こえた。
 押し殺したような笑い声だった。むろん、レンのものだろう。
 ……人が、めちゃくちゃ焦っているというのに、笑うなんて酷くないだろうか。これはからかわれていたのかもしれない。睨むような視線でレンを見ると、彼が困ったように肩をすくめるのが見えた。ごめん、と謝罪が唇から漏れるのを聞き、は嘆息を漏らす。何か言ってやろうか、なんて考えて、息を吐くと同時に、レンの声が遮るように響いた。


「一年で、マスターのことをたくさん知ったよ。多分、二年目はもっとたくさん知ることになると思う。そうなったら、俺、次のプレゼント、我慢できそうにない」
「……そうですか」


 投げやりな言葉を口にしてしまうのはしょうがないと思う。レンが肩を落として、どこか脱力したような笑みを浮かべた。そこまで怒らせるつもりは無かったんだけどね、と呟くように言う声が耳朶をゆるく叩く。


「ねえ、マスター。だからさ、二年目のプレゼントはマスターから俺にせがんでくるくらい、マスターのこと、俺に夢中にさせてあげるよ」
「無理です」
「無理じゃない。絶対にする。俺なしじゃ生きていけないくらい、俺のことを好きにならせるから」


 不意に、目の前がかげった。レンが近寄ってきたからなのだろう。耳元に熱い吐息があたる。秘め事を囁くかのような声量で、彼は続けた。


「覚悟しといてよね」

 耳に甘く余韻を残すように紡がれた言葉に、なんとなく、鼓動がおかしくなったのは、多分、気のせいだということにしておく。
 レンがから体を離して、笑う。表情にはまるで勝ち誇ったかのような笑みが刻まれていて、はどうしようもなく、彼から視線を逸らした。

 まったく、ウチのレンはかっこよすぎて、困る。


(終わり)

2008/12/26
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