あなたへ歌う 15


 今日こそは歌詞くらい作らなければ。そう意気込みペンを握って白い紙に向かうこと小一時間。何も浮かんでこない。というか、単語単語は浮かんでくるものの、それを文章にすることが出来ない。
 初めてのオリ曲だからなのかな、なんて思う。二曲、三曲と書いていったら、歌詞もささっと出来るようになるのだろうか。

 ソファーに座り込んだまま小さく息を吐き、リンとレンに視線を向ける。二人は、床に座ってテレビに視線を向けていた。
 何を見ているのだろうか、なんて思ってぼんやりとテレビへと視線をうつす。男女が映っていた。男の人と女の人の恋物語、っぽい。多分。台詞とかがあからさまにそうだ。『好きです』『愛しています』なんて言葉が二人の間で押収されている。
 十分程度見ていると、概要がつかめてきた。どうやら、身分差のある男女の切ない恋物語っぽい。
 男の方が身分が高く、女の方は低い。男が女に結婚を申し立てるのに対して、女の方はあからさまな拒絶を示していた。

 何をするでもなく、ぼんやりと見ていると視界の隅で何かが動くのが見えた。レンだ。レンはテレビから視線を外し、振り向くと立ち上がって近寄ってきた。傍に座り、何をしているんですか、と視線で問い掛けてくる。ひらりと白い紙を見せると彼は得心いったように頷いて見せた。その時。


「だって、あなたと私は違うもの! あなたと私は相容れない存在なのよ!」


 ──瞬間、レンの体が微かに震えた。彼は顔を微かにしかめ、視線をテレビに向ける。どうやら、ドラマの中の男女が喧嘩をしているらしい。女が顔を覆って泣き出す。


「私とあなたは違うの──違うから、駄目なの──私と一緒に居ては、いけない。あなたの幸せにならない」


 小さく息を吐く音が聞こえた。続いて、服を微かに引っ張られる。見ると、レンがの服の裾を申し訳程度に掴んでいた。顔が俯いている。
 テレビ内で二人の男女の押収は続く。『私と居てはいけない』やら、『あなたにはもっと良い人が居る』やら、『そんなの関係ない』、『僕には君しか居ない』とか。二人の押収──というより喧嘩が激しくなってきたとき、リンが腰を上げテレビに近づき、電源ボタンをぽちりと押した。ぶうん、と言う微かな音を残してテレビの電源が消える。彼女は小さく息を吐くと、の視線に気付いたのか振り向き、苦笑を浮かべた。
 そうして近寄ってきて、ぽすりとソファーに腰を沈めると、呟くように言葉を発した。


「最初は面白かったのに。……なんで喧嘩なんてするんでしょう。よくわかんない」
「あー、えーっと、そうだね」


 不満そうに唇を尖らせて、リンは言葉を続けた。「第一」


「好き合ってるなら、か、カケオチ、ですか? ……すれば良かったのに」
「まあ、うん、ごもっとも、だけどね……」
「よくわかんない。二人が幸せだったらそれで良いんじゃないんですか」


 首を傾げて、リンは腕を組んだ。まあ、そうなのかもしれないね。一応、頷いておく。彼女は細く息を吐き出すと、に向かって身を乗り出してきた。輝くような笑みを浮かべて「それにしてもマスターは」と続けた。


「恋とか、してないんですか? 今!」


 ──レンの体がびくりと震えた。どうしたのだろう、と考えながらもリンに苦笑を漏らした。


「どうだろうね。リンはどうなの?」
「あー! 話題を逸らしましたね、今!」


 ぷくりと頬を膨らませてリンは怒る。その姿が可愛らしい。空気の詰まった頬を人差し指で突付くと、彼女の口の隙間からなんとも言えない変な音が漏れた。唇を尖らせて、リンは両手を拳にし、上げた。軽くの肩を叩く。


「もう! マスターってばっ」


 ほのかに笑いを零し、はまあ、良いじゃん、と誤魔化した。それよりも、リンに好きな人は居るのだろうか。居るとしたらレンだろうな、なんて思う。正反対の二人、鏡写しの自分。惹かれるのも当然と言えば当然だろう。
 あくまで軽く問い掛けると、リンは頬をぽっと朱に染め、「す、好きな人なんて……」と手で顔を覆った。


「居るの?」
「え、わ、わたしの、好きな人は、やっぱり──」


 彼女は頬から手を除けて、へ微笑んだ。


「マスターに決まってるじゃないですか」
「……そ、そうですか……」


 まさかの答えだ。少しだけ呆然としていると、リンはソファーから身を立たせて、胸に手を当てて声を弾ませた。視線はに向いている。青空が、柔らかに半月をかたどった。


「──だって、マスターはわたしの世界、唯一の人です!」


 ……へ?
 思わず、そう呟くとリンは頬を緩ませた。


「マスターがわたしを手に取ってくれたから、わたしはここに居るんですよ」
「え、あ、……そういう」


 意味、と続けようとして、飲み込む。リンはの目の前に立つと、「だから」と嬉しそうに笑った。


「マスターはわたしの好きな人。大、大、大好きです、マスター!」


 そう言うと、彼女はの胸に飛び込んできた。首に腕を回される。しなやかな腕の感触が、首から伝わってきた。リンは顔をの肩口に埋め、小さく笑いを零す。ああ、なんだかこれって、


「嬉しいな。ありがとう、もリンのこと、大好きだよ」


 そういうと、リンは恥ずかしげに肩口に乗せた顔を動かす。はにかむような笑い声がくぐもって耳に届いた。それにも小さく笑いを零し、ふと思いついた言葉を口にした。


「禁断の恋だねー」
「禁断の?」


 リンが顔を上げて、から体を離す。小さく禁断の、と呟いて首を傾げた。頷いて、言葉を紡ぐ。


「ほら、人間とボーカロイドの恋だからね」
「ああ、そうですね、違いますもんね、わたしとマスター」


 それに同性だし、と言う言葉は喉に押しとどめる。そういう意味での好きではないのだ、彼女の言う言葉は。友達として、友人として、好き。率直に告げられる言葉は聞いて心地が良いし、幸せになる。
 彼女は含み笑いを零すと、


「でも、大丈夫です! わたしとマスターなら」


 根拠の無さそうな言葉を零し、笑った。つられて笑うと、リンは頬に手を当て、「レンは?」と視線をから逸らし、レンへと向ける。
 レンは小さく息を漏らすと、に視線を向けて、ふるふると首を振った。小さな声が漏れて聞こえてくる。


「おれは、マスターが……」


 言葉が止まる。彼はの服の裾を持っていた手を自信の胸にやり、首を傾げた。途端、苦しそうな声を出す。


「お、れは……、マスターが」


 喘ぐように言葉を続け、彼は服を握り締める。しわが寄った。……え、な、何、どうしたの、一体。
 リンとは違う反応に、何故かオロオロとしてしまう。どうしたの、一体。本気で。レン、と呼びかけると同時に、彼は言葉を続けた。


「きっと、マスターのこと、おれ、好き……だと思います……?」


 若干、語尾が上がり調子だったのは何故だったのだろうか。彼は微かに首をかしげると、ふるふると頭を振る。リンが「何、どうしたのよ」と若干、心配そうな声を発した。


「マスターのこと、見てると──幸せだけれど、マスターがリンと居るのを見ると」


 そこまで言葉を続けて、レンは続きを飲み込んだ。唇に手を当て、眉をひそめる。がリンと居るのを見ると、……なに。彼はゆるゆると視線をと交わすと、手を下ろした。


「──マスターと話すのは楽しいけれど、マスターがリンと話しているのは」


 また、彼は言葉を止めた。自身の胸に手を当てて、俯く。リンが「……わたしがマスターと話していると、なに」と首を傾げる。途端、彼は溜息のような重い息を肩に落とし、何かを呟いた。小さな声で、には聞き取ることが出来なかった。リンも聞き取れなかったようで、首を傾げる。が、それ以上の追求は止めたようで、「とにかく!」とに振り返った。柔らかな笑みを浮かべる。


「わたしにとって、マスターは大好きな人! これからも傍に居てくださいね、マスター!」


 頷く。だって、リンもレンも大好きだ。二人に笑みを見せ、「うん、も二人のことが好きだから──こちらこそ、傍に居てね」と言う。リンが感極まったかのようにマスター、と叫ぶように言ってに再度抱きついてきた。柔らかな、女の子独特の背中を撫でているとき、の耳を掠めたのはレンの小さな声だった。


「──違う」


 彼は、悲痛な声でそう呟いていた。


続く

2008/04/13
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